コラム(本紙 「小窓」より)

■トリップ、ステイ、リブ

 
 かつて東京からアメリカの子会社に異動し、数年後再び東京本社に戻ることになったビジネスマンが教えてくれた。「転勤には3つの種類がある。1つはトリップ、これは出張感覚(ビジネス・トリップ)で短期間赴任するパターン。2つ目はステイで、2年ほどで本国へ帰るもの。3つ目はリブ。これは文字通りその地に継続して住むということ。異国人の部下たちは当然、一生自分達と共に住む(リブ)覚悟を持ち、労苦を共にしてくれる上司を最も尊敬する。『いつかは本国に帰るのだ』という希薄な感情が見え隠れする上司には決して心は開かない」と。

 この話を聞いて、真っ先に思い出されるのが稲盛和夫氏だ。稲盛氏は1960年代、京セラが買収したサンディエゴの工場でアメリカ人の女子工員に交ざり毎日手伝いを行った。周りからは「そのような権威のない人は誰も信用しない」と揶揄された。それでも来る日も来る日も工員と共に仕事をし、昼食をとるうちに、次第に彼女たちが心をひらき、弁当を作って持ってきてくれるようになった。この光景を見たアメリカの幹部たちは「なぜ日本人にこんな人間関係が作れるのか」と驚いていたという。大切なのは立場や効率を重んじた経営ではなく、じっくりと時間をかけた「人の心」に基軸を置く経営なのだろう。

 国を超えなくても、東京の親会社から地方の小会社に異動する、あるいは株主として異業種の子会社に赴任するなど、様々な形があろう。要は、立場を重んじたマネージメントでは新しい部下たちは動かない。特に製造業のマネージャーほどその深度が重要になる。つまり現場である工場にどれだけ深く、長くのめり込み、製造の仕事を理解するかが肝要なのだ。

 会津に「三泣き」という言葉がある。まず、会津の人は頑固で不器用なので、外から来た人と打ち解けてくれず泣く。だが、次第に会津の人々と心から触れ合えるようになって、その人情の厚さに泣く。そして、再度転勤で会津を去るときに、情に厚い会津の人々との別れがつらくて泣くというものだ。

 異動や転勤には、チャンス、新しい感動など様々なキーファクターが潜んでいる。


20151105 米井 一高  (IkkoYonei) @nihombashi


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